最高裁判所第三小法廷 平成元年(し)123号 決定 1991年3月29日
主文
本件抗告を棄却する。
理由
本件抗告の趣意は、申立人は七日間身体を拘束された後少年法二三条二項による保護処分に付さない旨の決定(以下「不処分決定」という)を受けた者であるが、決定理由は非行事実が認められないというにあるから、右決定は、刑事補償法一条一項にいう「無罪の裁判」及び刑訴法一八八条の二第一項にいう「無罪の判決」に含まれると解すべきであり、そのように解しなければ、憲法四〇条及び一四条に違反するのに、原決定がこれと異なる判断をしたのは、憲法の右各条に違反するというのである。
しかしながら、刑事補償法一条一項にいう「無罪の裁判」とは、同項及び関係の諸規定から明らかなとおり、刑訴法上の手続における無罪の確定裁判をいうところ、不処分決定は、刑訴法上の手続とは性質を異にする少年審判の手続における決定である上、右決定を経た事件について、刑事訴追をし、又は家庭裁判所の審判に付することを妨げる効力を有しないから、非行事実が認められないことを理由とするものであっても、刑事補償法一条一項にいう「無罪の裁判」には当たらないと解すべきであり、このように解しても憲法四〇条及び一四条に違反しないことは、当裁判所大法廷の判例(昭和三〇年(し)第一五号同三一年一二月二四日決定・刑集一〇巻一二号一六九二頁、昭和三七年(あ)第二一七六号同四〇年四月二八日判決・刑集一九巻三号二四〇頁)の趣旨に徴して明らかである(最高裁昭和二九年(も)第一号同三五年六月二三日第一小法廷決定・刑集一四巻八号一〇七一頁参照)。また、不処分決定は、非行事実が認められないことを理由とするものであっても、刑訴法一八八条の二第一項にいう「無罪の判決」に当たらないと解すべきであり、このように解しても憲法四〇条及び一四条に違反しないことは、前示のとおりである。所論は、すべて理由がない。
よって、刑訴法四三四条、四二六条一項により、主文のとおり決定する。
この決定は、裁判官坂上壽夫の補足意見、裁判官園部逸夫の意見があるほか、裁判官全員一致の意見によるものである。
裁判官坂上壽夫の補足意見は、次のとおりである。
不処分決定を刑事裁判における無罪と同一視することができないことは、多数意見の説示するとおりであるが、非行事実が認められないことを理由とする不処分決定の場合には、刑事裁判を受ければ、無罪の判決が得られるであろうというような事案が含まれることは否定できないところであろう。私は、立法論としては、このような事案の場合であって、不処分決定の前に身体の拘束を受けた者に対しては、刑事補償に準じた扱いをすることが、憲法四〇条の精神に通ずるものではないかと考えるのであるが、刑事訴訟手続を経ないだけにその選別は難しく、非行事実が認められないことを理由とする不処分決定があったというだけで、そのすべてを補償の対象とすべきものともいえないであろう。いずれにしても、現行法上本件請求を容れる余地はないというの外ない。
裁判官園部逸夫の意見は、次のとおりである。
私は、刑事補償法と憲法四〇条との関係については、多数意見とその理由を異にする。すなわち、刑事補償法が少年の保護処分について適用されないとする見解は、同法が、未決の抑留拘禁、刑の執行又は拘置等、専ら刑事手続上の措置に対する補償を定めているものであり、しかも、少年法上、保護事件と刑事事件とが区別されていることに照らし、刑事補償法の正当な解釈というべきである。したがって、刑事補償法が刑事手続上の抑留拘禁等の措置に対する補償を定め、保護処分に関連する抑留拘禁に類似した措置について補償の規定を設けていないからといって、そのことから直ちに憲法四〇条違反の問題を生ずるものではない。
もっとも、私は、憲法四〇条の規定の趣旨は、形式上の無罪の確定裁判を受けたときに限らず、公権力による国民の自由の拘束が根拠のないものであったことが明らかとなり、実質上無罪の確定裁判を受けたときと同様に解される場合には、国に補償を求めることができることを定めたものと解する者であって、本件のような非行事実が認められないことを理由とする少年法上の不処分決定について国による補償の制度を設けることはもとより可能であり、また望ましいことであると考える。しかしながら、そのような制度を設けるか否かは、国の立法政策に委ねられた事柄であり、刑事補償法の規定に基づく申立人の本件補償請求は、結局、理由がないといわざるを得ないのである。
(裁判長裁判官可部恒雄 裁判官坂上壽夫 裁判官貞家克己 裁判官園部逸夫 裁判官佐藤庄市郎)